
2005年の衆院選で自民党がとった戦略をご存じだろうか。名付けて「コミュニケーション戦略」(コミ戦)。おもにテレビメディアの情報を党に有利なものへと操作することによって、選挙を大勝利にもたらした。仕掛けたのは、NTTで広報を担当した経験を持つ自民党参議院議員の世耕弘洋さんであった。
コミ戦の「手の内」がくわしく書かれた本が、鈴木哲夫著『政党が操る選挙報道』(集英社新書)である。同書には、自民党がテレビを利用した上で、いかに有権者の関心を自党の候補者に引きよせたのか、という驚愕の事実が述べられている。操作する側の自民党にも、操作される側のテレビにも問題があると感じた。
何が問題なのか。それは、テレビで報じられたのが候補者の「政策」や「思想」「実力」ではなく、「キャッチーなコメント」や「スキャンダル」「容姿」「表情」などであったことである。つまり自民党は、政治家としての本質とはかけ離れたところで候補者のよしあしをアピールし、テレビはそのアピールを「おいしいネタ」として無批判に利用したことが最大の問題だといえよう。
7月20日付の西日本新聞が掲載した「『主婦は周りに原発なければ他人事』20年前に推進“指南書”」という記事には、これまで政府や電力会社、マスコミ、原発プラントなどが一体となり、原発を推進すべくおこなわれてきた「コミ戦」の具体的な手法が紹介されている。「指南書」とは「原子力PA方策の考え方」という報告書で、「文科省と経済産業省所管の日本原子力文化振興財団が科技庁の委託で1991年にまとめた」ものだという(「PA=パブリック・アクセプタンス」は「社会的合意形成」の意)。
この「指南書」は、すでに7月2日付のしんぶん赤旗が「原発推進へ国民分断、メディア懐柔 これが世論対策マニュアル」という記事で紹介している。同記事によると、国民に対しては「繰りかえせば刷り込み効果」、マスコミに対しては「良識的コメンテーターの養成」「テレビディレクターに知恵を注入」、そして学校教育に対しては原子力の肯定的な記述を教科書に掲載すべく働きかけることなどが、「指南書」のおもな内容だ。
西日本新聞は、「指南書」を紹介するだけでなく、先日九電の「やらせメール」問題で実際に利用された意見投稿の際の「例文集」も掲載している。この「指南書」と「例文集」を読みくらべると、福島原発事故の発生後も電力会社の「コミ戦」がたいして変わっていないことがよくわかる。そして、読めば読むほど操作される側である私たちが操作する側にいかに「なめられている」のかを痛感する。
「コミ戦」とは、政党も企業も、さらにはいまや政府もやっていることであり、それ自体を批判することはむずかしい。彼らは、私たちにマイナスの印象を持たれるような情報を隠し、プラスの印象を持たれるような情報を拡張して提供する。先に述べた政治家の事例を見るまでもなく、おうおうにして隠す情報にこそ本質がふくまれている。例えば、政治家であれば政策や思想、原発であれば放射能の危険性というように。
こうした「コミ戦」に対して、私たちはどう対処したらよいのだろうか。本質を伝えるような情報を提供すべく、政党や企業、そして政府に働きかけることは、もちろん大切だ。しかし、そんな働きかけを彼らが真摯に受けとめるかどうかが不明であることは、昨今の政府や電力会社の振る舞いなどを見ていれば自明であろう。
結局、「コミ戦」として流される情報をまにゆつばをつけた上で読み解いていくしかない。NHKの「日曜討論」で経済同友会代表幹事が「電力不足は日本の産業を空洞化させるので原発も必要」といったら、視聴する私たちは「その必要な原発が事故を起こした結果、日本社会は取りかえしのつかない状況に追いやられているのでは」と考える。こうして、情報を鵜呑みにしない「クセ」をつけることこそが、私たちが「コミ戦」に乗っからないでいられる唯一の対策だと筆者は考えている。
(谷川 茂)





















